ムカデは実は縁起がいい!?

ここ何日か2回も出てきてるんです。

ムカデ

 

住んでる土地柄、虫が出てくることはあるんですが住んで初めて家の中で出ました。

さらに今日、就活で実家に帰り、くすぐったいなと思ったら首のあたりにも現れました。

 

最近、あまりうまくいってないことも多いため、

これは「不吉を現す何かか!?」

と思い、色々検索すると実は縁起の良い虫の一つらしいんです!!

 

以下引用

毘沙門天は、元はインド古代神話の神で、ヒンズー教では宝石の神。
仏教に帰依してからは、仏法を守護する
四天王および十二天の一尊で、北方を守護する武神
また、毘沙門天は、仏が説法する道場に常に居て説法を聴くことから、「
多聞天」の名も持つ。
四天王の一将として祀られる時は「多聞天」、単独で一尊だけ祀られる時は「毘沙門天」と呼ばれる。

日本で最初に毘沙門天が現れたとされる信貴山朝護孫子寺鞍馬寺の縁起には、「毘沙門天に援(助)けられたのが、寅年、寅日、寅刻だった」とある。
これに因んで、虎像が境内に置かれ、毘沙門天の神使として扱われている。
しかし、本来の神使は百足(ムカデ)だともされる。

毘沙門天は、戦勝の武神、開運出世の神として、武将の強い信仰を得た。
上杉謙信が「毘」を旗印にするほど毘沙門天を信仰したのは有名である。
また、財宝金銭授与、商売繁盛の功徳があるともされた。
福の神として七福神に仲間入りした。

 毘沙門天の虎〈http://www9.plala.or.jp/sinsi/07sinsi/fukuda/tora/tora-1-1.html〉より

 ムカデは神の使いだった!!!

しかも毘沙門天

  • 商売繁盛
  • 金運財運向上
  • 武運長久・勝運・開運長久
  • 厄除け開運

などの御利益として祀られる神様なのでまさに今の自分にはありがたい神様!

今年は厄年(厄年なんです…)であるからこそ、なおさらこんな運気が回ってくるようなことがあると嬉しいですね。

 

 

虫が出ると嫌な気持ちになりがちですが、調べてみると悪い意味ではないことも多いみたいですね。

逆に、蝶は死の象徴など綺麗だからよい意味だとは限らない場合もありますが。

 

何にでも神や意味を見出した日本の歴史は面白いですね。

時間があったら調べてみたいと思います。

 

 

大学院とはなんぞや:某理系大学院の日常

今回は

「大学院って何?」「何のために行くの?」

という人に向けて大学院とはなんぞやということを書いていきたいと思います。

 

 

そもそも大学院とは

大学院に在籍してる学生はざっくり2種類にわけられます。

  • 博士(博士課程、博士後期課程など)
  • 修士修士課程、博士前期課程など)

これらの過程を修めると博士(Doctor)、修士(Master)の学位が与えられます。

日本国内で学歴に大学院まで通った人の大半は修士になると思います。

博士を取得した方は博士(専門分野)を肩書で名乗る場合が多いです。

ちなみに在学生数は平成28年

修士課程:15万6000人

博士課程:7万4000人

専門職学位過程:1万6000人

程度になっていて近年は若干の減少傾向にあります。

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大学院在学者数*1

ここで「専門職学位過程⁉」となった方もいると思うので捕捉を少し。

専門職学位過程高度専門職業人の養成などを行うために設置されているものです。

ここでいう高度専門職業人とは弁護士などの職を指します。

特徴としては

研究<仕事のとしての能力の養成

を主としているところです。

この時の学位は「○○修士(専門職)」となります。

 

大学院でやっていること

では大学院では何をやっているかというと

それはもう研究です。

先ほど挙げた専門職学位過程を除いて大学院では研究ばっかしてます(笑)。

理系の院に所属しているため理系の研究分野の話をしますと

  • ラボ系
  • フィールド系

の2つに大別できます。

恐らく世の中の多くの人が認識している「理系」はラボ系で研究室で試験管振ったりなどの実験をしている分野です。

もう一つのフィールド系は主に生態調査など、実際に現地に赴いて資料採集をするような分野です。

僕はこのフィールド系に所属しています。

 

また、この研究をするなかで学会発表海外調査他大学との共同研究などがあり、

これらは学部生の頃より積極的に大学院では取り組むことになると思います。

社会に出たら関わることのない○○の理論を考えた先生や経験を多く出来るのはやはり大学院ならではだと思います。

学部生ではやはりやれることに限界があります。

 

なぜ大学院に行くのか

少し話してしまいましたが、大学院に進学するのは

1年間で出来る研究の限界

があるのが研究をしたいと思って大学院に進学した人の主な理由だと思います。

 

ここで「研究をしたい」を強調したのは必ずしもそういう人ばかりではないからです。

例を挙げると

など意外に様々です。

個人的には別に「研究をしたい」以外でも進学することは全然アリだと思います。

ただ、もし大学院へ進学を考えているなら

「これだけは譲れない」

という目標だけはあったほうがいいと思います。

これがないと結局、最後の論文発表までモチベーションが維持できず、

修了できなくなりやすいのかなと感じます。

 

大学院の生活

最後にちらっとある地方大学院の修士課程の生活を。

ざっくりとですが。

修士1年

:研究(研究テーマなどの決定、予備調査)

:研究補佐

:ゼミ(週1回/発表2~3週に一回)

:講義(前期:週2~3コマくらい、あとは集中講義)

修士1年はまだ修士論文の〆切まであと1年あるため、先生・先輩にこき使われ、後輩の指導に当たる自分のことが全く出来なくなる1年です。

ここで自分のことが出来ないと修士2年で大変なことになります(なってます)。

修士2年

4月~:就職活動

6月頃:中間審査

6月~2月:本調査、修論執筆

2月頃:論文審査

修士2年はもう修論の集大成です。

調査・実験、執筆、先生からの指導の繰り返しです。

ここに就活が入ってくるため、4月からは地獄です(地獄です)。

 

おわりに

大学院がどういうものかざっくりと理解していただけたかと思います。

今後は大学院生活でこうすればよかった点など挙げていきたいと思います。

では。

 

 

*1:「大学院の現状を示す基本的なデータ」 〈http://www.mext.go.jp/component/b_menu/shingi/giji/__icsFiles/afieldfile/2017/07/24/1386653_05.pdf〉より引用

おおまかな学部生時代の話

今後、大学院の生活を書いていくにあたってバックグラウンドがあったほうがいいかなと思い、学部生時代の話をつらつらと。

 

学部1年生

高校までは関東圏の都心と田舎の中間的な位置で育ってきました。

そこから某ド田舎大学に進学。

自然環境に恵まれた土地でありながら結局、講義やバイトであまり堪能できず。

自動車も持ってないと移動もできないですしね。

 

ただ、周囲の環境(人間関係等)がうまくいかず、大学を中退or仮面浪人しようかと入学1か月で思い、当時の担任に相談しに行きました。

それが運よく自分が興味のある分野かつ、先生のお話も聞けたことで在学を決意して1年生からちょくちょく研究室に遊びにいかせてもらいました。

 

今思うと、もっと活動的になればよかったなと反省。

 

学部2年生

2年生からは本格的に専門の講義も始まり、講義と研究室の手伝い、サークル活動にバイト、さらにはボランティアなど一番活動的な時期でした。

 

ただ、あまり記憶に残ってないんですよね…。

一生懸命やってたとかそういうわけではなく、恐らく流されてやっていたのかなと。

もともと過去に対して執着とか、「あの時こうだったよね」というような思い出を思い返すことが少ないというか…。

 

学部3年生

学部3年生からはゼミも始まり、これまで以上に研究室にも行くようになりました。

ずっと研究の手伝いをしてきたかいもあってか、先生に「一緒にイギリスに調査行かないか」と声をかけていただき、イギリス視察をすることもできました。

たしか、セントパンクラス

よくみる2階建てバス

今思い出すと、この年が一番充実してたかな?

多分、イギリスの思い出が尾を引いてるとは思うんですが…。

 

他にはサークルの大会に出たりとか相変わらずのことをしていました。

 

学部4年生

この年はもう卒論まっしぐらです。

朝から晩まで研究室で研究室の学生と一緒に卒論執筆してました。

よく謝辞に「研究室の仲間が…」とか書かれると思うんですがそれを本当に今になって実感しています。

 

いつも一緒にいたのは同じアパートに住んでいた子なんですが、

朝起こす→学校に連れてく→昼→一緒に帰る

と常に一緒にいました。

あの頃は楽しかった。今はそんなこと出来る友達はいないので…。

 

おわりに

超ざっくりと大学生活こんな感じでしたよって話でした。

完全に自分語り、日記ですね。

これを踏まえてこれから各学年で何をしていけばよかったか書いていきます。

 

 

 

大学院の話ー序論ー

はじめに

大学院の生活もついに2年目に入りました。
なので大学院日記を書きたいとおもいます。
唐突。

現在、研究がまったくうまくいっていません。
それどころか、M2(修士2年)になったタイミングで研究テーマ変えようかと言われました。
絶望です。

他の院生はどうなんだろうと思うとみんな思うことは同じですね。
nemuigogoichi.hatenablog.com
www.eternalcollegest.com

ですが、「まとめ」はありますが日常的なことは少ないなと…。

目的

そこで、日常的なブログを書いて、
院生とか学部生とか諸々の方々の参考にしていただけたらなと思います。

自己紹介

・ 地方大学大学院生
・フィールド系分野専攻(生態学ではない)
・ゼミ:3週に1回発表
・現在就職活動中
ざっくりと濁しながらですがこんな状態です。
就活もしているので就活の話も少しは書こうかなと思います。

おわりに

正直、需要があるかとかわからないですがだらだらとやっていきます。
たまに応援コメントとかもらえると嬉しいです。
よろしくお願いします。

twitter:@land_mono

最後のヒッチハイク【ヒッチハイク旅8日目(最終日)】

9/14(金) 西日本横断ヒッチハイク旅 8日目

目次

 

安堵の朝

朝。 起きて荷物の確認。 異常なし。

よかった~。公園野宿は不安でしたが何とか、事なきを得ず朝を迎えました。

ただ、ベンチの幅が狭くて縮こまって寝ていたため体中が痛い。

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昨晩は暗くてわからなかったけど、この公園でかい

荷物を整えてヒッチハイク開始。

ものの数分で停まってくれる車が(1台目)。

一体、昨日の絶望は何だったんだというくらいにあっさりと。

 

そして、大分市から隣のとのなりの津久見市へ。

はじめて知ったのですが、津久見市は国内有数の石灰岩の産地とのこと。

写真を取り忘れてしまったのでGoogle Earthで。

白いところ、全部採掘跡ですよ⁉ 

信じられますか⁉

乗せてくれた方もこのまま、山に入って資材を取りに行くとのこと。

 連れていきたいけど、仕事があるためまたの機会にと言ってくださいました。

また来たら見に行けるのだろうか…。

街中も石を運ぶためのパイプが山から海まで走っており、初めて見る景色でした。 

 

 

ついに入った、宮崎県!!

 そして、その後、またすぐに乗せてくれる方が(2台目)。

さらに朝ごはんにマックまでいただきました。

ありがとうございます。

さらに途中寄った営業所ではおじさんに飲み物を。

乗せてもらえるだけで本当にありがたいのに食べ物・飲み物までもらえるなんて本当にありがたいです。

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ジョア♪ ヤクルトジョア誰のもの~♪

そして、大分県と宮崎県の県境、蒲江に到着。

お魚が美味しそうな道の駅ですが、買えないのが残念。

おばちゃんにめちゃくちゃ勧められましたが、いつ目的地につけるかわからないんです。すみません。

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伊勢海老買いたい!


買いたい衝動を我慢してヒッチハイク再開。

そうすると、ごつい車が何台も。

陸上自衛隊の移動車だ。

全力でアピールしましたが、もちろん乗せてもらえるはずがなく。笑

ですが、手を振ってくれる隊員の方もいました。

残り少し頑張ります(`・ω・´)ゞ

 

自衛隊が通過してから十数分後、近くのコンビニから出てきた方に乗せてもらいました(3台目)。

そして、宮崎県延岡市北浦町へ。

つまり…

宮崎突入!!

 

 

そして、ついに…

北浦町に到着して、そのまま同乗していたお兄ちゃんに乗せてもらえることになり、延岡市街地へ(4台目)。

まさか、自分より年下の子が自分のお金で車を買ってるなんてという衝撃が。笑

 

宮崎県に突入してからは高速道路より国道10号線のほうがいいと言われ、下道でヒッチハイクすることに。

待つこと数十分で停まる車が(5台目)。

「下道でヒッチハイクしている人なんて初めて見た」

と言われるくらい下道ヒッチハイクは見ないそうです。

ですよね。

自分もめちゃくちゃ不安でした。

せっかくだからと日向市まで乗せてもらえるのに加えて名所を案内してもらえることに。

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日向灘と日向岬

 

島の形が漢字の「叶」に見えることから願いが「叶」うとされるクルスの海や

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願いが叶うクルスの海

 

景観賞を受賞したらしい?日向の駅にも。

駅に使う木の組み方から駅裏に広がるオープンスペースまで工夫が行き届いていて、おもしろかったです。

(宮崎県民はあんまり電車乗らないらしいんですが)

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日向市駅

そして次に乗せてくれた方は日向の道の駅の温泉に行くとのことで、

一緒に温泉に行くことに(6台目)。

ゴールは間近。温泉で英気は養った。

一気に、宮崎市街地へ!

 

7台目の方には道の駅つのまで。

後から連絡してわかったのですが、拾えたかどうか見に行ってくださったとのこと。

ありがとうございます。

 

最後…(8台目)。

目的地、宮崎駅まで。

最後にこのヒッチハイク旅行を凝縮したかのようなお話を聞けて、感慨深い気持ちに…。

 

そしてついに…

 

 

 

 

 

 

 

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宮崎駅到着!!!!

1000㎞を優に超える長距離旅。

無事、終えることが出来ました!!!

 

ここまで乗せてくださった30台の運転手さん、同乗者のみなさん、

声をかけてくださったみなさんのご協力でここまで来ることが出来ました。

本当にありがとうございました!!

 

最初はどうなるかわかりませんでしたが、気づけば宮崎まで。

いろんな方のやさしさや、ご縁に恵まれました。

このことは忘れることが出来ない思い出になります。

改めて、本当にありがとうございました!

 

 

西日本横断ヒッチハイク旅行

日数・・・8日

累計台数・・・30台

いただいたもの・・・たくさん

 

 

 

 

おわり

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

総括はまた後日。

 

 

 

熊本から大分へ【ヒッチハイク旅7日目②】

9/13(木) 西日本横断ヒッチハイク旅 7日目 その2

目次

 

まだまだ続く、阿蘇観光

阿蘇からは宮崎の高千穂を目指して進んで、宮崎県に入ることは出来るんですが、予想以上に日程に余裕が出来たため、阿蘇山を見ながら大分方面へ。

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草原を馬で駆けられるらしい。なおお値段は高い模様

道の途中で見慣れない看板が。

草原に馬や赤牛と呼ばれる牛が放牧されてるためこのような注意看板が。

かわいい。

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柵破ったりするんですかね?

 

途中、阿蘇神社へ。

普段は奥のほうにある社は特別解放でないと見えないそうなんですが、崩壊に伴う修繕のため、常に見える形になっているそう。

震災はもちろん悪いことですけど、普段見えていないものが見える、気づけるというのはいい点とも捉えられるかもしれません。

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大規模修繕中の神社

豪華な昼食


ちょうどお昼時だったため、お昼ご飯を食べることに。

「有名なのは赤牛だからせっかくだから食べようか」と言ってくださり、赤牛のお店に行くことに!!

しかもご馳走までしてくださいました!!

ありがとうございます。

 

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赤牛カツ重

気になるお味ですが…

美味すぎる。

赤牛自体の味ももちろんなんですが、少し甘めのタレと絡めて食べるのもよし。

ワサビとおろしの薬味をつけて食べるのもよし。

で最高の一品でした。

 

店の内装もお洒落で高級感が漂ってますが居心地がいい。

阿蘇神社に行ったら、ぜひ訪れてみてください。

(ヒッチハイク中なんで自分の服装は申し訳ない感じでしたが。)

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古民家レストラン はなびし

 

そして、大分に向かう途中の道でお別れ。

最後におにぎりまでいただきました。

本当に何から何までお世話になってしまいました。

ありがとうございました!!

 

いざ、大分へ。

阿蘇を越え、いざ大分へ。

ここまできて初めての下道の途中からのヒッチハイク

しかも意外に長距離。

 

不安でしたが、1時間もかからずに止まる車が(2台目)!

大分市に帰るらしく、そのまま大分まで乗せていただけることに!

運「大分はどこに行くの?」

自「とりあえず、別府にはいくつもりです」

運「そうしたら、そこまで行こうか」

と言ってくださり、別府温泉までいけることに。

 

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鉄輪(かんなわ)温泉

さらに!

温泉に浸かってあがるのを待ってくれることに。

しかも!

大分駅の方が捕まりやすいだろうということで駅まで送ってもらえることに。

本当に感謝です。

 

久々の湯舟。

他にお客さんもいなかったので湯舟が撮れました。

しかも、ここ100円です!!

別府には激安の温泉がいくつもあるとのこと。

いいな~。

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効能が肩こりとか最高

 

いいこと続きな後には…

今日は本当にいい日だ。

大分駅に着いてから、これ食べなとまんじゅうまでいただくし。

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…そんないいことだけで締めくくらないですよね。

ここから数時間見つからない。捕まらない。

ヒッチハイクを再開したものの全然、車は止まらず。

場所を変えようとしてICを目指すも道に迷い、

そして、気づけば、田んぼの中に。

Superflyの「タマシイレボリューション」が流れ、

「道なき道を切り開くとき」

まさに今この状況だよ。

田んぼの中でカラオケしてました。

 

結局、10時を回っても捕まらず、あきらめて本日は野宿。

広い公園があったので助かりましたが公園怖い。

 

明日まで何もないことを祈りながら就寝。

何も起きないといいけど。

 

ではでは。

 

今日乗せてもらった台数・・・2台

累計台数・・・22台

 

 

 

 

阿蘇めぐり【ヒッチハイク旅7日目①】

9/13(木) 西日本横断ヒッチハイク旅 7日目 その1

目次

 

 

朝一の大観峰

前日の目標であった阿蘇大観峰を朝から見に行けることに。

大観峰は天気がいいと阿蘇のまちを一望、そして、眼下には雲海が広がる絶景をみれる展望エリア。

いやー、楽しみ!

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何も見えない

雲はありましたが、完全に曇り。

残念…。 

 

本当だったらこんな感じに一望できたらしい。

また、リベンジせねば。

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 白川水源

いろいろ案内していただける予定だったのですが、お仕事があるらしくそれが終わるまで、近くの水源で少し時間をつぶすことに。

 

湧水地だけあって、水がめちゃくちゃキレイ。

中にある神社に117円(うろ覚え)お賽銭入れるといいことがあるらしいと通りすがりのおばちゃんに聞いたのですが、自分もそのおばちゃんも持っておらず。

 

ヒッチハイク中はゆっくりとする時間がなかったので

久々に、ゆっくりとした時間を過ごすことが出来ました。

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熊本地震の被災地、南阿蘇

泊めていただいた方に、大分の途中まで連れて行ってもらえることにましたが、

その前に、せっかくなので被災地案内をしてもらえることに。

 

阿蘇に着いた時から気づいてはいたのですが、周りの山々の崩壊跡がいたるところに。

被害の爪痕とはよく言ったものだなと思いました。

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崩壊跡地

 

そして、阿蘇大橋へ。

この場所は、東海大学の学生がなくなった場所でもあります。

地元の人もまさかこの橋が崩れるはずがないと思って、デマだろと思っていたくらい想定外の出来事だったらしいです。

対岸までの距離を見てもまさかここまで大きな橋が崩れるとは思えませんでした。

 

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阿蘇大橋周りの被害


被災地をみると本当に言葉が出ないです。

真備、熊本城それぞれ衝撃でしたが、南阿蘇の、特に阿蘇大橋は

こんなに大きな構造物が崩壊するのかとこれまで以上の衝撃を受けました。

 

 

ではでは。